人権問題を考える

Communication:

通信; 通話, 文通; 伝達《with…》

(〜s)《単数扱い》報道機関, 情報伝達技術


常に時代の先端を走り続け、社会に向けて最新の情報を提供する情報発信基地、電通。
目まぐるしく変化する現代の価値観や行動様式に常に目を配るとともに、「人」と「人」とを繋ぐ、卓越したコミュニケーションの担い手−"コミュニケーター"となることを目指しています。
電通は、単なる一企業としての枠を越えて、社員1人ひとりが人権に対する深い認識を持ち、人権感覚を持つことが必要だと考えています。



人権の尊重について


人権とは「人」と「人」とが共存していくためのルール

私たちの日常生活は、常に複数の「」と「共通の空間」を共有することにより成り立っています。
それぞれ違う個性や行動様式を持った者同士が共存し、それぞれの日々の生活を送っているのですから、「自分と違う」「理解できない」と感じ、他人に対して違和感を感じることがあるのは、ある意味では当たり前のことだといえるでしょう。

自分と他人との違いを許容できずに他人を排除しようとする意識は、しばしば「いじめ」や「差別」などの反社会的な行為となって表れますが、これが自分の快適な生活のために他人の尊厳を犠牲にしてもかまわないという利己的で間違った行為だということは、どなたにもお分かり頂けるのではないでしょうか。

自分と違うのは当たり前。
自分と他人との違いを許容し、お互いが気持ちよく過ごすための空間づくりを心がけましょう。そのために意識的に守り育てていく社会のルール、それが「人権の尊重」なのです。

かつて存在した「地域」「国」という枠組みが大きく変わり、民族間での交流や移動が活発に行われ、私たちが自身を「地球人」と呼ぶことが多くなった現代。その空間を分け合う「人」の価値観や行動様式がますます多様化していくことを考えると、私たちにも更なる視野の拡大と、様々な個性に対応する柔軟性が求められているのです。



電通の人権活動


電通は、社会に対して責任を持つコミュニケーション企業として、社員1人ひとりが『人権』についてよく考え、正しい知識を身につけておかなければならないと考えています。そのために、『人権を一般論としてだけでなく、仕事の中で生かそう、考えよう』というスローガンのもとに、社員教育の徹底を目指し、人権啓発活動に努めてきました。

人権啓発活動を行うにあたって、私たちが設定した理念は3つあります。

1)広告ビジネス、コミュニケーション活動において差別表現はあってはならない
2)基本的人権の尊重は、社の存立基盤でありコミュニケーションの原点
3)人権学習の目標は、表現の自由と差別表現のかかわりについて豊かな見識と的確な判断力をもつ

この理念のもとに、電通では1987年から人権教育委員会が中心となって活動を行っています。



人権教育担当者は社外のセミナーや研究会に参加し、人権団体や企業の啓発担当との情報交換を図りつつ、絶えず人権教育に必要なタイムリーな情報を収集し、それを活動に生かしています。
そして社員向けの人権研修をはじめとして、独自に制作した人権啓発のための本の配布、人権スローガンの社内募集や人権ポスター作成などを行っています。

一企業として避けては通れない『セクシュアル・ハラスメント』の問題については、改正均等法の施行と同時に社内に相談窓口を設置していますが、さらに社外にも第3機関の相談窓口を設置しています。「安心できる」、「気兼ねなく相談できる」と、女性社員にはとても評判が良いようです。



    人権啓発のための本(電通制作)

   (左から)
   「メディアの気遣い」
   「ジェンダーな風景」
   「企業倫理と人権」ハーバードの教え方


人権テーマ変遷の歴史に見る社会意識の変還1988年〜


電通の代表的な活動の1つに、1988年から行っている人権ポスターの制作があります。これは社内で人権スローガンを募り、その年の受賞作品を元にポスターを制作するというものです。社員だけでなく、家族の人たちにも人権問題を考えてもらおうという考えから、1998年からは家族の部も設けました。
人権ポスターの公募テーマは、その年に起きた事件や社会情勢を反映して年々変わっています。そのテーマを比較することにより、人々の関心の動向、社会傾向を知ることもできるのです。

それでは、1988年(第1回)からの人権テーマの変遷を追ってみましょう。



社内で公募された人権テーマの変遷(その年のテーマは○、新規のテーマはで表記されています)

1988年第1回 1989年第2回 1990年第3回 1991年第4回 1992年第5回 1993年第6回 1994年第7回 1995年第8回 1996年第9回 1997年第10回 1998年第11回 1999年第12回 2000年第13回 2001年第14回
部落差別問題
障害者差別問題
女性差別問題
民族差別問題
在日外国人差別問題
高齢者差別問題

人種差別問題


子どもの人権問題


プライバシー保護


エイズ差別問題




メディア・広告と人権











部落差別問題』、障害者差別問題』、『女性差別問題』、『民族差別問題』『在日外国人差別問題』の5項目は、1988年から現在まで常に採用されてきたテーマで人権問題の基本とも言えるものです。しかし時代の流れや人々の意識の変化、事件の発生によって、さまざまなテーマが新たに生まれ、加わってきたことがわかります。

それでは、制作されたポスターの一部を、人権テーマ別に見てみましょう。

部落差別問題


第13回(2000年)

親子何代も続くいじめがあります。


理由なき偏見で先祖以来何代にもわたって続いてきた差別や、陰険ないじめがあることを知っていますか?

私たちが日本の歴史の中で大切に培ってきた日本の文化や伝統。
それと共に、差別や陰険ないじめといった『負の遺産』までも未来へ受け継いでしまうのでしょうか?



第5回(1992年)

頭でわかっているなら、
心でもわかってください。


第9回(1996年)

「家柄」にこだわる人、
問われるのは、あなたの「人柄」です。

第14回(2001年)

この国には、
生まれてはいけない場所が
あるのですか?



部落差別とは、本人の資質に一切関係なく、その人の生まれ育った場所により差別を行うもの。その理不尽さを、誰にでもわかる疑問を、表現しています。




第2回(1989年)

差別を知らなきゃ、差別はなくせない。



『そんなこと知らなければ差別なんかしなくてすんだのに』と思っている人は意外と多いようです。
でも、本当に差別をなくしていくためには、その現実を自分の目で見ることが必要です。

第16回(2003年)

「どこの人?」より
「どんな人?」でしょ。お父さん。



いまでも残っている部落差別意識に、日常のなかで気付くことが、差別意識をなくす第一歩。大事なのは出身地ではなくその人の人となり、なのです。




障害者差別問題

第11回(1998年)

「できないこと」もあります。
「できること」はもっといっぱい
あります。

駅やデパートなどの建築物にバリアフリーを適用したり、飼い主が盲導犬と一緒に利用できる施設を増やすなど、現代の日本では身体に障害を持つ人も快適に生活できる環境づくりが積極的に行われています。
通りすがりの人が視覚障害を持つ人の手を引いて横断歩道を渡っているのを見たり、手話を一生懸命に勉強している学生と出会えば、きっと誰でも心温まることでしょう。しかしその一方で、マッサージ師の視覚障害につけ込み、お札をすり替えて代金を誤魔化すなどの心ない行為をする人々がいるのも事実なのです。
障害によって制限されてしまう行動範囲から、その人の「できないこと」ばかりが目に付いてしまうのも問題です。「できないこと」ではなく「できること」を見るようにすることにより、社会の中で障害を持つ人のポテンシャルはもっとずっと広がるのではないでしょうか。「できないから、やってあげる」のではなく、「できることを、一緒にやろう」ということが大切です。



第3回(1990年)

街に身障者の目立つ国は、
心の温かい国です。


第14回(2001年)

できないことを助けてもらうより、
できることを一緒にしたい。




第1回(1988年)


心の段差が、いちばん高い。


障害者が生活する上で、街の歩道や、階段など、いろいろな段差が障壁となりますが、それ以上に偏見など心の障壁がつらいということを表現しています。

第2回(1989年)

身障者の願いは自立です。



新聞紙上で身障者の雇用問題が載っていました。
働く場がほしい。
自立こそ生きる喜び。
これは身障者の親の願いでもあります。彼らの声をそのままスローガンにしました。

第16回(2003年)

「ヘルプ」だけでなく
「チャンス」をください。



障害者のチャンスを、「ヘルプ」という名目で周囲がつぶしてしまってはいないでしょうか。
もちろん手助けも必要だけれど、それ以上に社会参加のチャンスをください、と訴えるポスター。




女性差別問題

第13回(2000年)

「これってセクハラ?」って逃げ方、
うまいなあ。

政治、経済、スポーツ、芸術など、あらゆる分野で活躍する女性たち。彼女たちの持つエネルギーは、男性を凌ぐほどです。
しかし、そんな現状を無視するかのように、未だに『女性差別』ととれる行為があちこちで横行し、多くの女性が理不尽な社会環境、職場環境に憤りを感じているというのは、一体どういうことでしょうか?
『女性差別』の代表的な例としては、職場における『セクシュアルハラスメント』、能力のある女性の出世を阻む見えない性差別の壁『グラス・シーリング(GLASS CEILING)』などがあります。
「男女共同参画社会の実現を21世紀のわが国の社会を決定する最重要課題と位置づけ、社会のあらゆる分野において男女共同参画社会の形成の促進に関する施策の推進を図っていくことが重要である」とは1999年に制定された男女共同参画社会基本法の前文の一節です。社会の一員として共に働き、よりよい社会を創造してゆく同志であるべき男性の理解が、いまこそ求められているのではないでしょうか。そんな現状打破のために制作されたポスターの一例です。



第2回(1989年)

認めあえば、もっとパワー。


第8回(1995年)

性別は、差別のためにあるのでは
ありません。


第14回(2001年)

「男だからできる」わけでも
「女だからできない」わけでもない。



女性にはなかなかまわって来ない仕事があります。責任の重い仕事や「難しい」とされるような仕事です。そうした仕事は「男性だから」ということだけで任せられるのでしょうか。
「女性だから」という理由だけで信用できないのでしょうか。「職業人」としての能力による判断を望みます。




第12回(1999年)


軽い冗談かどうか、決めるのは私です。


男性が女性に対して放つ、軽い冗談や皮肉が、実は本人(相手)にとって修復不可能なぐらい、深い心の傷を残すことがあります。冗談かどうかは相手が決めることを肝に銘じておくべきでしょう。


第1回(1988年)

一緒に勉強してきたように、
働きたいのです。


第4回(1991年)

社会は、混浴。
マナーを守ろう。


第5回(1992年)

机を並べて学んだように、
机を並べて仕事ができる社会へ。



女性の能力(仕事、社会)は、男性のそれと同じです。女性が、その能力に応じて働くことができる会社、社会であることを願い、制作されたポスターです。



第16回(2003年)

部長、スキンシップより、リーダーシップ見せてください。



職場の男性のセクハラじみた行動、あるいは、セクハラをしても、上司だからしかたない、という風潮がいまだに残っている日本の社会。
一日の大半を過ごす場所だからこそ、みんなが快適に仕事に励める職場にしたいものです。





高齢者差別問題


第13回(2000年)

おとうさんも、
おじいさんになるんだよね。

『亀の甲より年の功』『おばあちゃんの知恵袋』…そんな優しい言葉を聞く機会が、最近少ない気がしませんか?

1990年に、高齢化社会を反映してテーマに採用された『高齢者差別問題』。

近い将来、日本の国民の4人にひとりが65歳以上になるそうです。
本来は人生の先輩として、知恵の宝庫として、尊敬されるべき対象であるお年寄りたち。しかし加齢に伴う体力の衰えから、若者の目には庇護すべき弱い対象と映ってしまうこともあります。
実際には、高齢者は若者以上に1人ひとりの個人差が大きく、その個性を無視することは、社会において大きな損失と言えるのではないでしょうか。
自分もいづれは高齢者となることを認識し、その時に周囲の人々にどう接してもらいたいか、社会の中でどんな役割を担っていきたいかを考えてみましょう。未来の自分に接する心で周囲のお年寄りに接してみることが大切なのです。




第12回(1999年)

人生もヴィンテージだよ。



年齢を重ねることは、単純に衰えることではありません。人生を味わい深いものにするには、歳月が必要です。ちょうどワインとおなじように。ワインもヴィンテージものが尊重されるように、高齢者も尊重されるべきでしょう。それを明るいトーンで表現しています。


第4回(1991年)

人生の最良の時が、老後でありたい。



老人が若者を羨ましくおもうことがない。又、逆に若者が年をとっていくことに、なんらかの希望と楽しみをみいだせるような、老人に対する差別や偏見のない、皆がその日を待ちわびているような老人社会をつくっていきましょう。





子どもの人権問題

第12回(1999年)

親であることが
僕を判っている理由にはならない。



1991年には、子供の人権問題をはじめとして、新規のテーマが最も多く採用されました。人々の人権に対する関心が飛躍的に高まった年といえるでしょう。

増加する少年犯罪に伴う加害者と被害者の人権問題をはじめ、エスカレートするいじめや、肉親による児童虐待などが深刻な社会問題となりました。1998年度に、児童相談所に寄せられた虐待の相談件数は6900件にも及び、実に8年間で6倍を越えるという激増ぶりでした。この年は、些細なことでカッとなり、凶行に走る事件をきっかけに、若者言葉「キレる」が一般に広まった年でもあります。




第10回(1997年)

「ただいま」の声の中に、
きょう1日の出来事がかくされている。



いきすぎた管理教育、厳しい受験戦争、イジメ問題。だれにも打ち明けることができない、子供の行き場のない気持ちに、親は、細心の注意を払って、気づこうとしてほしいものです。それにはまず、子供が家に帰ったときの第一声に注目してみましょう。




在日外国人差別問題

第4回(1991年)「名前」より先に、
「国籍」を聞かないでください。



私たちが生きる現代は、国際化社会。

街中、電車の中、職場−社会のあらゆる場所・場面で、在日外国人と接する機会は多いでしょう。
しかしながら、その人の人となりを見ずに、肌色の違い、言語の違いから、『日本人じゃない』という色メガネで見ようとする人がまだまだ多いのも事実です。
「名前」より先に、「国籍」を聞かないでください。というスローガンに、ドキリとさせられた人も多いのでは?

まずその人本人の本質を見て理解しようとすることの方が先のはず。同じ日本社会に生きる一員として、お互いが気持ちよく生活できるように努めたいものです。


第1回(1988年)

心の中に
国境をつくってはいませんか。



「国際化」と口先ではいっていても、私たちの心の中には無意識のうちに差別していることが多いのではないでしょうか。
その差別化=国境として訴求したポスターです。



第3回(1990年)

日本人はみんな、親切だと
ガイドブックに書いてあった。



日本人は、正直、親切、勤勉だとガイドブックでは、紹介されてきました。それに失望する外国の方々が最近、多くいるといいます。
日本人のココロを見直したい、取り戻したいという気持ちをポスターにしました。


第3回(1990年)

いまの日本には、
学割の使えない高校生がいます。

※1994年からは、日本国籍を持たない学生も
JRの学割が使えるようになっています


第2回(1989年)

「日本で働きたい。」と言ってくれる人が、
「日本で暮らしたい。」と
言ってくれるでしょうか。

第7回(1994年)

近いアジアが、いちばん遠い。



これまで比較的深くつき合ったのは、ヨーロッパ人、アメリカ人が多く、アジア人はごく僅か。なぜだろう、との反省から、自らの『心の距離感』をあばいたポスターです。


第4回(1991年)

「肌色」と言われたら、
あなたはどのクレヨンを取りますか。



日本では『はだいろ』はある特定の一色をさしますが、本当はこれはまちがいです。いろいろな色が存在するのだということを認識し、さらにそれはその人の人間性とは何の関係もないのだということを理解しなければなりません。






エイズ差別問題

第5回(1992年)

私たちが感染してるのは、
「誤解」というウイルスです。



1993年から1998年にかけては、『エイズ差別』が6年間にわたって取り上げられました。この新しい病気に対する人々の認識度の低さが問題視された時期でもあります。1998年にはエイズを題材にした若者向けドラマ「神様もう少しだけ」(制作著作:フジテレビ)も放送され、話題を呼びました。





1988年(第1回)にわずか5項目からスタートした人権スローガン募集のテーマですが、2001年(第14回)までに採用されたテーマは14項目にも及びます。14年の間に人々の人権に対する意識が深まり、様々な分野での人権の尊重の重要性が見直されてきたと言えます。

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