| 広告景気年表 |
| 1951年 | 99/3 |
1951年
■ 経済白書 副題(1951)
なし
■ 経済概況(1951)
朝鮮動乱の特需に支えられb,日本経済は経済自立が達成したといえる段階に達した。一方,停戦の動きが進むにつれ,特需の減少で不況色が漂いだしたが,重化学工業部門での近代化のための設備投資意欲は急速に盛り上がりを示した。
| 経済成長率 | 名目 37.9% | 実質 13.0% |
| 個人消費支出 | 名目 25.9% | 実質 9.6% |
| 民間設備投資 | 名目 56.4% | |
| 輸出 | 名目 93.7% | |
| 消費者物価 | 16.4% |
■ 日本の広告費(電通調査)(1951)
億円 |
対前年比(%) |
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| 総広告費 | 243 | (145.1) |
| 新聞 | 180 | (150.0) |
| 雑誌 | 10 | (142.9) |
| ラジオ | 3 | ( - ) |
| テレビ | - | ( - ) |
| DM・屋外他 | 50 | (123.5) |
■ 政治・経済・業界(1951)
○日本青年会議所設立(2.9 )。
○社会民主党結成(2.10)。
○食糧公団が解体され,主食の配給業務が民営となり,米屋が復活(4.1 )。
×アイゼンハワー元帥が欧州防衛統一最高司令官に就任,パリで欧州防衛統一(NATO)軍指令部も発足(4.1 )。
×トルーマン米大統領が朝鮮問題をめぐり見解が不一致のマッカーサー連合国最高司令官を解任。後任にリッジウェー中将を任命(4.11)。
○ 500円札(岩倉具視)発行(4.20)。50円札(高橋是清)も登場(12.1)。
○電力再編制問題は,新電力会社役員の人事をめぐり難行した末,9電力会社として新たに発足(5.1 )。
○日本経済協力の第一石として在日米軍補給司令部と日立製作所の間で,自動車部品・車両部品など500 万ドル(18億円)にのぼる「新特需契約」が調印される(5.30)。
○GHQが対日援助打ち切りを声明(5 )。
○日本信用販売が月賦販売を目的に設立(6.7 )。
○占領政策緩和による第1次追放解除実施(6.26)。第2次解除実施(8.6 )。
×朝鮮戦争で北朝鮮側が国連軍の休戦交渉提案の受諾と開城での会見希望を北京放送で通告(7.1 )。事実上の戦闘停止状態に入る(7.2 )。
○糸へん暴落−朝鮮の休戦交渉急進展により証券・繊維相場が暴落(7.2 )。繊維問屋街は半休状態(7.30)。
×パリで市制200 年記念日を祝う(7.8 )。
×米・英・仏が対独戦争状態終結を宣言(7.9 )。
×アメリカが第2次大戦以来認めていた対共産圏関税特恵を全て廃止(8.3 )。
×米・豪・ニュージランドが太平洋安全保障条約(ANZAS)に調印(9.1 )。
×サンフランシスコ講和会議が52カ国出席のもと開催(9.4 )。ソ連・チェコ・ポーランドを除く48カ国と日本は講和条約に調印。日米安全保障条約にも調印(9.8 )。会議不参加のインドが対日終戦を通告(9.10)。
×トルーマン米大統領が対独戦争状態終結を宣言(10.24 )。
○日本航空設立(7.31)。東京−大阪−福岡間が営業開始となり,戦後初の民間航空機「もく星号」が羽田を離陸(10.25 )。
○建設省が東京−神戸間 527kmの高速自動車専用道路の建設計画を発表(10)。
○日本の国際機関への復帰・参加承認相次ぐ−世界保健機関(WHO)日本の加盟を承認(5.7 ),国際労働機関(ILO)日本の復帰申請を承認(6.19),国連教育科学文化機関(UNESCO)(6.21),国連食糧農業機関(FAO)(11.21 )も加盟を承認。
○この年,河合楽器製作所(5 ),日本石油精製(10)などが設立。
■ マスコミ・広告・媒体(1951)
○全国106 紙で15段制実施(1.1 )。
○朝日・毎日・日本経済新聞が元旦号から多色刷りを実施(1.1 )。
○日経新聞が大阪での発行を開始(1.25)。
○朝日・毎日・読売3紙が日曜夕刊を廃止(2.4 )。3 紙,日曜夕刊を復活(6.3 )。
○新聞用紙の配給・価格,新聞購読料の統制が廃止(5.1 )。
○大分合同新聞が朝夕刊セット制を実施(5.1 )。
○日本新聞学会発足(6.16)。
○日経新聞,日刊工業新聞がオール4ページ建を実施(6 )。
○予備免許の下りた16社が任意団体の「日本民間放送連盟(民放連)」を結成(7.20)。
○民間ラジオ放送開始(9.1 )。
○講和問題特集の「世界」10月号が増版を重ね15万部を販売(9 )。
○戦後初の輸出広告(小野田セメント)をニューヨーク・ヘラルド・トリビューンに掲載(電通扱い)。ライフも対日講和特集に日本商品広告を掲載(9 )。
○新聞23紙が朝夕刊セット制を実施(10.1)。
■ 媒体の発足(1951)
○日本初の民放ラジオ局が開局−中部日本放送,新日本放送(ともに9.1 )。
○朝日放送11.11 開局。
○ラジオ九州12.1開局。
○京都放送12.24 開局。
○ラジオ東京12.25 開局。
○「オール生活」実業之日本社(6 )。
○「モーターサイクリスト」八重洲出版(11)。
○ラジオ局数 6局(6局増)
■ 媒体普及率(1951)
○ラジオ契約数− 9,192,934(NHK契約世帯数)
■ 国内10大ニュース(1951)
○対日講和条約と日米安全保障条約の調印(9.8 )
○マッカーサー元帥の突然の解任(4.11)
○貞明皇后の崩御(5.17)
○国電桜木町事件発生(4.24)
○公職追放解除本格化
○第2回地方選挙実施(4 )。保守が優勢
○社会党が左右に分裂(10)
○民間航空再開
○民間放送開局(9.1 )
○日本の国際機関への加盟承認相次ぐ
■ 海外10大ニュース(1951)
×サンフランシスコ講和会議
×朝鮮休戦会談
×マッカーサー連合軍最高司令官罷免(4.11)
×イラン石油国有化法成立(3.15)
×米・豪・ニュージランドが太平洋安全保障条約調印(9.1 )
×米が対共産圏関税特恵を廃止(8.3 )
■ 世相・風俗(1951)
○歌舞伎座復興(1.3 )。
○銀座に街灯が復活(4.1 )。
○米屋が復活(4.1 )。
○第55回ボストンマラソンに日本が戦後初参加。初出場の19歳の田中茂樹選手が優勝(4.19)。
○京浜東北線の赤羽発桜木町行きの木造の63型電車が桜木町駅近くで垂れ下がった架線が原因で火災を起こし,死者 106人,重軽傷者92人を出す大惨事となる(4.24)。
○プロ野球初のオールスター・ゲームが開催(7 )。2 勝1 敗でセ・リーグ優勝。
○アナタハン島の旧日本軍残留者など20名が羽田に帰還(7.6 )。
○日本最初のプロレス試合「力道山対ボビー・ブランズ戦」が両国のメモリアルホールで開催(10.28 )。
○第1回青森−東京間駅伝開始(11)。
○名古屋を中心にパチンコが大流行。「軍艦マーチ」も復活。
○春から夏にかけて赤痢が大流行。死者1万4000人以上。
○三越労組が人員整理をめぐって日本橋・新宿・銀座の3店でデパート史上初のストライキを実行(12.18 )。
○華やかな都会に憧れて上京する家出娘が増加。
○東京都が「こども白書」を発表し,浮浪児・家出児の都市への集中,宝くじの影響で子供たちに賭博行為が激増していることなどを指摘(5.4 )。
○生活苦による児童の人身売買依然続く。
○子供の幸福をはかるための「児童憲章」を制定(5.5 )。
○動物園ブーム続く−王子動物園(神戸)(3.20),野毛山動物園(横浜)(4.1 ),円山動物園(札幌)などが開園。上野動物園に戦後初のペンギンが大洋漁業「第2天洋丸」から贈られる(4.21)。
■ 消費者・住民運動・公害(1951)
なし
■ 時の商品・新製品(1951)
○コロンビア,LPレコードを発売(3.20)。初めは長時間レコードとよばれベートーベン「第九交響曲」と,ブラームス「運命の歌」など5枚。1枚2300円。
○三共,カゼ薬「ルル」を発売(6.1 )。
○資生堂が初の過脂肪石鹸「オリーブ石鹸」を発売(7 )。1個30円。
○かくはん式洗濯機の生産が始まる(7 )。
○トヨタ自動車が「BJ型四輪駆動車(のちのランドクルーザー)」 を発売(8 )。
○ライオン油脂(現ライオン)が日本初の鉱油系合成洗剤「ライポン」発売(10)。
○朝日麦酒が「バヤリースオレンジ」を発売(11)。オレンジジュースの代名詞となる。
○本田技研が4サイクルのオートバイ「ドリーム号E型」を発売(12)。
○貝印が使い捨て軽便カミソリを発売。1個4円。
○フロアスタンド型扇風機が登場。「ばら」「すいれん」など,電化製品の愛称もこの時から。
■ 新聞広告(1951)
日立製作所・電気冷蔵庫<食品衛生の強化!>
デパート各社の連合広告< 750万の人達がデパートで倹約しています!>
千代田銀行<1円からお預かりします>
三井化学工業・ミツゲン<ミツゲンでオリンピックに選手派遣!!>
ライオン歯磨・ライオン歯刷子<米国デュポン会社製ナイロン使用!日本で初めてです!>
エーザイ・サンプーン<子供を少なく産みましょう>
寿屋<旗日にはきっと日の丸かかげましょう>
■ 話題のラジオ番組(1951)
○中部日本放送が名古屋の毛織物店「五金」提供のスポンサード・プログラム第1号「服飾講座」を放送(9.1 )。
○放送劇「鞍馬天狗」(新日本放送)放送開始(9.1 )。
○初の解説つきプロ野球実況放送−日米親善野球中継(甲子園)に中沢不二雄を起用(新日本放送)(9.2 )。
○「歌のない歌謡曲」(新日本放送)放送開始(9.2 )。
○クイズ番組「バイバイゲーム」(新日本放送) 放送開始(9.5 〜'57.9.28)。
○放送劇「チャッカリ夫人とウッカリ夫人(のちに「ウッカリ夫人とチャッカリ夫人」と改称)」(ラジオ東京)放送開始(12.25 〜'64.10)。
○「ラジオスケッチ」(ラジオ東京)放送開始(12.25 )。
○NHKの「英語会話」が「カムカム英語」(ラジオ東京)として復活。
■ NHK(ラジオ番組)(1951)
○第1回「紅白歌合戦」をスタジオから放送(1.3 )。
○連続放送劇「さくらんぼ大将」放送開始(1.4 〜'52.3.31)。
○「明るい茶の間」放送開始(4.2 〜'60.4.2 )。
○GHQの命令により放送中止となっていた「ラジオ体操」が3年8カ月ぶりに再開される(5.6 )。
○「夢声百夜」,「海外の話題」放送開始(5.7 )。
○対日講和条約会議のため特別番組を編成−「講和条約条文解説」(8.27〜30),ドキュメンタリー番組「講和への道」(9.2 ),「調印式実況」(9.2 )など。
○歌謡クイズ番組「三つの歌」放送開始(11.2)。宮田輝の司会が人気となる。
■ 流行語(1951)
老兵は死なず,逆コース,糸へん暴落,エントツ,三越にはストもございます,プーバイ,社用族,三等重役,スチューワデス,ワンマンカー,アナタハン(の女王),上海帰りのリル,親指族,アジャパー
■ 流行歌(1951)
越後獅子の歌
高原の駅よさようなら
トンコ節
上海帰りのリル
私は街の子
ミネソタの卵売り
えり子の唄
アルプスの牧場
銀座のリル
僕は特急の機関士で
○「上海帰りのリル」がヒット。「銀座のリル」「リルを探してくれないか」などのリル・ブームが起こる。
○お座敷ソング登場−「トンコ節」「ヤットン節」など。
○ご当地ソング登場−NHK「日曜娯楽版」の放送中に歌われた「僕は特急の機関士で」が人気を集める。
○「アルプスの牧場」「野球小僧」「ボクはアマチュアカメラマン」など灰田勝彦の歌う曲がヒット。
■ 話題の映画(1951)
洋画
イブの総て
サンセット大通り
わが谷は緑なりき
オルフェ
邪魔者は殺せ
白昼の決闘
駅馬車
ダラス
リオ・グランデの砦
黄色いリボン
悪魔の美しさ
バンビ
雲の中の散歩
チャンピオン
黒水仙
レベッカ
邦画
源氏物語
大江戸五人男
馬喰一代
自由学校
銭形平次・恋文道中
麦秋
続佐々木小次郎
佐々木小次郎完結編
めし
偽れる盛装
どっこい生きている
風雪二十年
あゝ青春
命美わし
愛妻物語
○在京スポーツ新聞7社の新聞記者が「日本映画文化賞(ブルー・リボン賞)」を設定。第1回作品賞は東宝「また逢う日まで」(2)。
○ベニス国際映画祭で黒沢明監督の「羅生門」がグランプリを獲得(9)。世界に"クロサワ"の名を知らせる。
○映倫により1社1カ月1本に抑えられていた時代劇の枠が取り除かれ(8),チャンバラ・ブームが始まる。
○東和商事がロンドン・フィルムと輸入契約を結ぶ。第1作「ジャングル・ブック」公開。配収4000万円をあげる(2 )。
○日本初の総天然色映画,松竹「カルメン故郷に帰る」公開(3 )。
○東京映画配給,東映映画,大泉映画の3社が合併し「東映」設立(4 )。
○松竹創立30周年記念映画「大江戸五人男」が26週のロングランで配収1億2300万円を記録(11)。続いて,大映創立10周年記念映画「源氏物語」を公開(11)。配収1億4105万円の記録を達成。
○対日講和条約調印とともにセントラル映画社(CMPE)の解体が決まり,アメリカのメジャー10社が日本支社を設立(10)。CMPE解体(12.31 )。
■ ベストセラー(1951)
少年期
ものの見方について
源氏物語
武蔵野夫人
新平家物語
人間の歴史
ニッポン日記
私の人生観
風と共に去りぬ
山びこ学校
○書籍用紙の高騰と高い翻訳料などから文庫本の創刊ブームとなる。
○翻訳本が一段落し,新聞小説が書籍として再び発行され人気を集める−「宗方姉妹」大仏次郎,「自由学校」獅子文六,「佐々木小次郎」村上元三など。
○「世界」平和問題特集号が15万部を完売(10)。
○宮本百合子(1.21),林芙美子(6.2)死去。
×「狭き門」などを残した仏作家アンドレ・ジード死去(2.19)。
■ 話題のマンガ(1951)
○「少女ブック」集英社9月創刊。
○手塚治虫の「アトム大使」が少年に連載開始(4 )。
○塩田英二郎の「ミーコちゃん」が読売新聞に連載開始(6 )。
○根本進の「クリちゃん」が朝日新聞に連載開始(10)。
○清水崑の「かっぱ川太郎」が小学生朝日に連載開始(11)。
○福井英一の「ドンマイ君」が漫画少年に連載開始。
○山川惣治の「少年ケニヤ」が産経新聞に連載開始。
■ ファッション(1951)
○カーディガンが流行。
○ショルダーバックに人気。
■ 気象状況(1951)
○東京に5年ぶりの大雪。都内で積雪が30cmとなり,国電などの交通機関が全面的にマヒ(2.14)。
○伊豆大島の三原山が大爆発(3.9 )。
○関西以西に豪雨−近畿地方で雷を伴う豪雨。京都では嵐山で山崩れが発生,鴨川で8橋が流失し,死者・行方不明者 110人以上,大阪,兵庫でも各1万戸以上が浸水(7.11〜12)。福岡,山口,広島にも豪雨(7.12〜14)。
○全国で日照りが続き,富山県では66年ぶりの雨なし日34日を記録(7 〜8 )。
○ルース台風が鹿児島県西岸から上陸し九州を横断, 防府市から中国地方に被害をもたらし日本海へ抜ける。この台風で山口県玖珂郡広瀬町(現錦町)が「陸の孤島」となり,死傷者1500人を出し,警察予備隊300 人が初の救援出動をする(10.14 〜15)。