
2022年、2024年とカンヌライオンズでスタンディングオベーションを巻き起こしたステージ「Project Humanity」は、ALSと共に生きる人たちの表現や社会参画の可能性を拡張すべく、Dentsu Lab Tokyo、NTT株式会社(以下、NTT)と一般社団法人WITH ALS(以下、WITH ALS)がともに取り組む共同プロジェクトです。音声合成や視線入力、筋電入力など、複数の技術を組み合わせて新たなコミュニケーションの形を開発してきました。本記事では、プロジェクト発足の背景から、開発の裏側、そして世界へと広がる活動の現在地までをお届けします。
誰もが表現できる世界への一歩
「Project Humanity」のルーツは、2017年までさかのぼります。Dentsu Lab Tokyoは「PARA-SPORTS LAB」を開始するなど、様々なバックグラウンドを持つ人々と共に社会課題の解決と新しい表現方法の模索していました。そして、2021年には、得られた知見をもとにTOKYO2020パラリンピックで、パラアスリートやパラパフォーマーとともにさまざまなプロジェクトを実行します。そして、「健常者、障害者のボーダーのない特別なステージで終わるのではなく、日常のなかで当たり前にしたい」という想いと共に、2022年には身体に障害のある方々と共に、誰でも表現ができるツールや環境をつくることを目的とした「ALL PLAYERS WELCOME」プロジェクトを始動しました。プロジェクトの立ち上げについて、Dentsu Lab のチーフ・クリエイティブオフィサーの田中直基は次のように語ります。「障害と共に生きる方々は、クリエイティビティや気づきをたくさん持っています。何よりも社会をとても新鮮な視点で見ています。だからこそ、世の中を良くするためのヒントを持っているのではないかと考えています。全員がプレイヤーになれる未来の方が、はるかに良い世界になる──そう信じて、『ALL PLAYERS WELCOME』という、すべての人をプレイヤーとして歓迎し、その力を社会とつなぐ活動を始めました。」
“その人らしい声”を再現するテクノロジーとクリエイティビティが拓く、新たなコミュニケーション
「ALL PLAYERS WELCOME」としての最初の取り組みは、2022年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルのステージとアーティストの拠点を通信回線でつないでのライブ演奏でした。アーティストは、WITH ALS代表・武藤将胤さんとフランス在住のアーティスト、PONEさん。二人ともそれぞれ人生のある時期にALSという難病を発症したALS共生者です。
ALS(筋委縮性側索硬化症)とは、脳から筋肉への指令が伝わらなくなることで、全身の筋肉が徐々に動かしにくくなる病気です。認知機能は保たれるものの、進行とともに身体の自由が失われていきます。人工呼吸器を装着することで生命を維持することは可能ですが、気管切開によって声を失ってしまうという現実もあります。命をつなぐための選択が、結果的に声を失い、音声や身体による表現手段を奪ってしまうことにつながるのです。この課題を少しでも緩和するためには、ツールの開発だけでなく、ALS共生者の新たな表現方法やコミュニケーションを実現することが必要です。
Dentsu Lab Tokyo・NTT・WITH ALSの三者は、会話や表現をより豊かに、よりスムーズに他者と交流し合える世界を目指し、取り組みを始めました。
人工呼吸器を装着した後も音声によるコミュニケーションを継続できるように、NTTの音声合成技術を活用し、本人の過去の映像音声から“その人らしい声”を再現。これにより、多言語での発話や意思表現も可能になりました。カンヌのステージでは、ALS共生者が自らの声色で英語による対話を行い、視線入力によって新しい音を奏でる音楽パフォーマンスも披露されました。
観客に応えたい。その願いから“Project Humanity with EYE VDJ MASA”が始動。
以前よりDJとしても活躍されていたALS共生者の武藤さんには、視線でDJをしたり、作曲することを続けています。そんな武藤さんには、「観客の方々へ手を振りかえしたい」「リアクションをしたい」という想いがありました。その言葉をきっかけに、観客とのインタラクションが生まれる場をつくろうというアイデアが生まれ、2023年に「ALL PLAYERS WELCOME」の第二弾として、NTT人間情報研究所が推進する「Project Humanity」と連携し、「Project Humanity with EYE VDJ MASA」が始動しました。
ALS共生者のコミュニケーションでは、これまでも主に「視線入力」が使われてきましたが、視線でできる表現には限りがあり、目の筋肉への負担も少なくありません。そこで注目されたのが、筋肉の動きに伴う微弱な電気信号、「筋電」です。筋電解析に専門性をもつNTT人間情報研究所と連携し、共同で武藤さんと共に実験を通じて、ALS共生者の方でも筋電データをセンシング出来ることがわかったのです。
「Project Humanity with EYE VDJ MASA」では、身体に装着した筋電センサーから取得した生体情報を、メタバース上のアバター操作に変換するシステムを開発しました。アバターは、ALS共生者の6種類の身体動作に対応して動作します(右手:右手を挙げる、足:ジャンプするなど)。そして、視線入力によって動作の種類を変えることができます。(例えば、右手を挙げるから右手で指差しする)
NTTはセンシングしたALS共生者の小さな筋電データに基づいて筋肉の動作を判定する技術を担当し、Dentsu Lab Tokyoは、判定された動作に基づいてアバターやゲームの操作命令に変換し、メタバース空間にその操作命令を反映・可視化するデザイン開発を担当。モックアップを制作し、武藤さんとの対話を何度も重ねながら、「武藤さんらしさ」が伝わるビジュアルとは何かを探りました。
最終的には、パーティクル(粒子)がうごめくデザインによって、個性と存在感を表現することにたどり着きました。
“Project Humanity”、世界へ。その反響と評価。
「Project Humanity」は、2023年9月にオーストリア・リンツで開催された芸術・先端技術・文化の祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」で初公開されました。武藤さんが、東京からリモートでライブパフォーマンスを披露。彼がDJとして、かつて観客を盛り上げてきた身体表現をメタバース空間のアバターによって再現し、会場を大いに盛り上げました。続く、11月にはイギリス・テートモダンで開催されたチャリティーイベント「Big Bang Ball」でもパフォーマンスを行い、さらなる注目を集めました。
Photo_ Ars Electronica - Magdalena Sick-Leitner

「Project Humanity」は、社会的・技術的な両面で高く評価され、2024年には国内外の数々の賞を受賞しました。社会的意義の観点からは、ADFEST 2024にて「Grande for Humanity(グランプリ)」を、CLIO Awardsでは「Innovation」「Media」「Public Service」の各カテゴリでSilverを受賞。
また、テクノロジー領域では、第77回広告電通賞「イノベーティブ・アプローチ部門」最高賞、D&AD Awards 2024「Experimental / Use of XR & Emerging Technology」ショートリスト、Spikes Asia Awards 2024「Digital Craft / Innovative Use of Technology」部門でSilverに輝きました。
“Interface of Humanity”が示す新たなステージ
2024年には、プロジェクトの一環として、引き続きNTTとともに、「Project Humanity」 の取り組みの一つとして、「Interface of Humanity」を開始しました。寝たきり状態でも操作が可能となるよう、筋電・力覚・視線など多様なインタフェースを活用し、デジタルアバター操作やゲーム参加などをすることで社会参画をしやすくする取り組みです。
同年5月には、障害の有無を問わず子供たちが同じチームでゲーム対戦する、インクルーシブなeスポーツイベント「DE&Ieスポーツ」を開催。「Interface of Humanity」は、D&AD Awards 2025において4部門で“Wood Pencil”を受賞し、さらにカンヌライオンズ2025でもDigital CraftとHealth & Wellnessの2部門で“Bronze Lion”を獲得。技術と理念の両面から、世界的な評価を受けました。

「ALL PLAYERS WELCOME」が見据える、未来の社会
今後の取り組みについて、Dentsu Lab の田中直基は次のように語ります。
「今の世界は、まだまだ不完全で、伸びしろだらけだと感じています。
様々な課題がありますが、私たちが特に注目しているのは、“身体的な課題が社会的な課題に直結してしまうこと”です。障害の有無に関わらず、人は年齢とともに足腰が弱くなったり、視力が低下したりと、誰もが身体的な課題を抱えるようになります。そうした課題を抱えた途端に、社会との繋がりや社会参加の機会が減ってしまう。それは本人のみならず、社会にとっても大きな損失ではないでしょうか。
これまでプレイヤーから外されてしまった人たちも、それぞれの能力やクリエイティビティを発揮できるようになれば、社会はより多様で豊かなリソースを手に入れることができます。
私たちは、クリエイティブをドメインとしているからこそ、声高に主張するのではなく、なるべく楽しく、心を揺さぶる形で伝えていくことが大切だと考えています。
活動を拡げていくために、さまざまな企業や人々を巻き込みながら続けていきたいと思っています。」
それぞれが持つ障害、病気などの背景にかかわらず、だれもが社会参画できる世界の実現に向けて、挑戦は続きます。




