長期的なデータ活用と、統合マーケティングを可能にする「データクリーンルーム」
近年、世界的な個人情報保護意識の高まりや法律の改正を受けて、CookieやIDFAといった個人識別子の利用制限が進んでいます。いわゆる「Cookieフリー時代」の到来により、今やデジタルマーケティングの主戦場はCookieをベースとしたオープンウェブから、大手プラットフォームによる経済圏 マーケティングへと移りつつあります。
そこで登場したのが、データクリーンルーム(Data Clean Room)です。データクリーンルームとは、プラットフォームなどが企業に提供するマーケティング基盤。セキュアなクラウド環境内で、企業の持つファーストパーティデータと、プラットフォームの保有データをひもづけて分析を行い、広告配信などにつなげることができます。
すなわち、データクリーンルームは「生活者のプライバシーに配慮しながら、安全にデータを活用できる手段」だと捉えることができるのです。
さらに、従来のCookieでは、同一IDのデータは基本的にキャンペーン単位でしか活用できませんでした。しかし、大手プラットフォームはユーザーの許諾が取れているIDデータを多数保有しているので、データを長期的に利活用できるようになります。
また、ID単位で「検索キーワード」「ポイントサービスにひもづくオフライン行動」「POSデータ」といったオンライン/オフラインのデータ、そして「スマホとPC」などクロスデバイスのデータも一気通貫での分析ができますし、企業の保有するファーストパーティデータ、プラットフォームの保有する許諾の取れたIDデータ、さらにテレビ視聴データなどを掛け合わせた分析も可能です。
4つのケースに学ぶ、データクリーンルームの活用メリット
電通はいち早くデータクリーンルームに着目し、500件以上の実践知と実行体制を構築してきました。各プラットフォームからも高い評価を得て、他社に先駆けてα版の機能も多数提供しています。
実際にデータクリーンルームを活用して広告の最適化を実現した事例をいくつか紹介しましょう。
【Case1】興味関心属性を軸としたPDCAデザイン
潜在的なニーズを持つ新規客を発掘するため、経済圏の持つ豊富な興味・関心属性のデータを用いて、見込み度の高いユーザー属性を事前分析。これによって定義したターゲット属性を、経済圏のデータクリーンルーム内で定点観測しました。企業の顧客を、ゲーム、旅行、自動車といった興味・関心属性ごとにクラスタリングした上で、各クラスタ に合わせた施策を実施し、PDCAを回しています。
【Case2】低コストでオムニチャネル と紐付けができる「シングルソースパネル分析」
店舗を持つ企業がウェブとリアルの情報を統合する「オムニチャネル」には、大きな開発投資とオペレーションコストが必要です。そこで、経済圏が持つ一貫性の高い許諾済みIDを「豊富なクロス環境情報を持つ巨大なシングルソース」として活用します。コストを抑えながら、ウェブ接触後の購買可視化や購買確率予測のモデル化を実現しています。
【Case3】短期PDCAを実現する「戦略クラスタ転写」
コロナ禍で売り上げが低迷していたある食品メーカーは、どんな顧客が離脱しているのか、復帰の可能性があるのかが、定量的に把握できないのが悩みでした。パネルデータで「世の中全体の俯瞰(ふかん)」はできるものの、それがメーカーの持つ顧客データと結びついていなかったのです。そこで、パネルデータからクラスタ 分析で顧客構造や戦略ターゲットを把握し、そのクラスタ データを各経済圏のデータクリーンルームに“転写”しました。これにより、さまざまなメディアでの、ID単位の広告配信と短期的なPDCAが実現しました。
【Case4】ノーエントリー型で買い物体験を高める「販促最適化」
デジタル販促の参加ハードルを下げるには、自然な購買行動の中で購買証明を取得し、ポイント付与やキャッシュバックを実施するのが理想です。しかし、自然過ぎると「ブランドからのオファー」だとユーザーが意識しにくく、ファンを作りにくいジレンマがあります。このケースでは“スケール”と“ロイヤルティ向上”の両立のため、PayPayで決済するだけでキャッシュバックを実施するノーエントリー型のキャンペーンを実施しました。データクリーンルームでキャンペーンの結果を計測し、デジタル販促のKPIとノウハウを科学的に分析できるようになりました。
このようにデータクリーンルームには、企業のマーケティング活動を大きく進化させるポテンシャルが秘められていることは間違いありません。一方で、機械学習など高度な分析は制限が多いなど、まだまだ解決すべき課題があることも事実。データクリーンルームは決して魔法の杖ではないのです。
しかし、決して避けて通ることのできない「Cookieフリー時代」の到来に、各企業でどのように対応するかが問われています。この大きな変化を、ピンチではなくチャンスと捉えることが重要です。データクリーンルームを先んじて導入し、いち早く使いこなすことで、先行者利益を享受できるでしょう。
データクリーンルームの環境で構築する新しいデータを“資産”に。真のマーケティングDXを実現しましょう。
執筆
前川 駿
データ・テクノロジーセンター 部長
これまで、データアナリストとして、テレビ×デジタルの統合プランニング・効果計測を推進の後、2015年にテレビCMとデジタル広告の統合マーケティングプラッフォーム STADIAの開発を担当し、プロジェクトを牽引。現在、プラットフォーム事業者から提供されるCookieフリー時代の新たなデータ基盤データクリーンルームの開発支援と広告や販促領域における導入を中心に活動。
三谷 壮平
データ・テクノロジーセンター 部長
ダイレクト系広告主の担当、マーケティングプロセスのデジタル化支援を経て、「定量的な成果(Performance)」に立脚したデジタルマーケティングの高度化や武器作りを推進中。